この事件は、対価の支払いに係る和解の合意と反トラスト法との関係についていくつかの洞察が示されました。すなわち、この事件では、特許によってもたらされる権利に加えて特許権者に排他的権利を全く認めない和解での合意は、他に許し難い行為がない限り、反トラスト法に違反すると認定すべきではないことが示されました。
特許侵害訴訟における和解が反トラスト法に抵触する基準が示された事件
CAFCは、特許侵害訴訟の和解に関する所定の合意は、シャーマン法または州の反トラスト法の第1条を侵害しないという、地方裁判所の略式判決を支持した。
1991年に、バーラボ(Barr Labs., Inc.)は、複合抗生物質のシプロ(Cipro?)のジェネリック版について、医薬品簡略承認申請(Abbreviated New Drug Application 以下、「ANDA」)を行った。バイエル(Bayer AGとBayer Corp.)は、シプロの有効成分である塩酸シプロフロキサシンについて、1987年発行の特許を保有していた。
バーラボのANDAには、シプロの特許は無効であり権利行使不能であると主張するParagraph IV certification が含まれていた。
その後、バイエルはバーラボを特許権侵害で訴えた。バーラボはこれに応じて確認判決を求めた。
審理の直前に当事者は様々な和解の合意を行っており、この合意では、バーラボは、バイエルの特許権の存続期間満了後までジェネリック版のシプロの販売または製造を行わず、また特許の有効性について争わないことが約束されていた。
バイエルはその対価として総額3億9810万ドルの和解費用をバーラボに支払うことに合意していた。
2000年に、シプロの購入者と健康擁護団体は、統合された反トラスト訴訟において、1997年の和解の正当性を争った。
原告は、この和解の合意は、シャーマン法の第1条及び第2条、複数の州の反トラスト法、並びに、消費者保護法に違反していると主張した。
略式判決において、地方裁判所は原告の訴えを斥け、合意は、シャーマン法、州の反トラスト法、並びに、消費者保護法において、それ自体は違法ではないと判示した。
この合意がシャーマン法第1条に違反する反競争的効果を有するか否かという点についても、地方裁判所は違法性を阻却した。「合理的な」分析の下で、地方裁判所は、和解の反競争的効果はすべて特許権の排他的効果を有する範囲と認められるから、反トラスト法に抵触しないと認定した。さらに、特許が潜在的に無効であることは反トラストの分析で検討すべきであるという原告の主張も地方裁判所は斥けたのである。
控訴審における主な争点は、対価は本来違法かという点と、反競争的効果は特許権の独占的効果を超えないかという点について、地方裁判所の判断に誤りがあったか否かというものであった。
最初の争点について、CAFCは、契約は、その非競争的効果が「一見して分かる」場合にシャーマン法において本来違法であると判示した。
本事件では、合意の非競争的効果はどれも一見して分かるというわけではないため、シャーマン法に本来違反したわけではないという下級裁判所の認定は適法だったとCAFCは判示した。
さらに、CAFCは、地方裁判所がした「合理的な」テストの適用を維持した。分析の最初の部分において、攻撃対象の行為が競争を現実に阻害する効果を有することの立証責任は原告側にある。
ここで、合意があったとしても、4つのジェネリック製薬会社がシプロの特許に対してその正当性に関する訴訟を提起していたため、CAFCは、原告に不利な証拠を認定した。
原告は取引が現実に制約されていることを立証できなかったため、「合理的な」分析を最初のステップを超えて続行することは必要なかった。
合意は特許権の範囲を超えていたか否かという2番目の争点についても、CAFCは下級裁判所の認定を維持した。
控訴人(原告)は、対価の支払いの目的は、バイエルの特許が無効になるのを防いで、バイエルが独占を不法に維持できるようにすることであったと主張した。
バーラボがジェネリック版のシプロを販売することを禁じた和解の合意の条項について、CAFCは、そのような制約はバイエルの特許権者としての権利の範囲内にあるから非競争的ではないと認定した。
CAFCはさらに、特許紛争における和解の合意は、たとえそれが対価の交換を伴い、何らかの非競争的効果を有するものであっても、法目的の基礎に照らして望ましいことであると判示した。
バイエルの特許の有効性を争うことを禁じた合意の部分は、その合意の拘束力が及ぶ者が有効性の争いから除外されるだけであるため、反トラスト違反を構成しなかった。
CAFCは、他の会社も同様に妨げられることを示す証拠はないと認定した。さらに、合意がバイエルの特許の有効性に関する争訟のいくつかを禁じていなかったという事実も原告の主張を弱めた。
控訴人はまた、地方裁判所が示した規範は、他の裁判所と政府機関が対価の支払いに対して適用する法的基準と適合しないと主張した。具体的には、控訴人は、対価の支払いはそれ自体違法であるとした地方裁判所の略式判決を維持したIn re Cardizem CD Antitrust Litigation 事件(以下、カーディゼム事件)(注1)を引用した。
控訴人はさらに、このような合意が反トラスト法に違反するかを判断する際に、地方裁判所は特許権の強さも考慮すべきだったと主張した。また、控訴人は、このような基準は連邦取引委員会(以下、FTC)と司法省に支持されていると主張した。
CAFCは、カーディゼム事件を本事件と区別して、カーディゼム事件での合意は、ジェネリック薬品の製造者は排他的権利を有する180日の期間を放棄せず、特許権を侵害しない薬品の販売を自制するということを定めていたから、この合意は特許権の範囲を超えた反競争的な効果を有していたと認定した。
これに対して、バイエルとバーラボとの間の合意はこのような条項を含んでいなかった。
また、CAFCは、特許の有効性に関する検討は、詐欺または虚偽に関する争いがないときは、反トラストの分析において必要ないと認定した。
法令によって特許は有効であると推定され、特許権者は第三者がその発明に係る製品を販売するのを防止する権利を有するとCAFCは述べた。
特許の無効性の問題は、例外的な状況における対価の支払いの反トラストの分析にのみ関係すると結論づけるにあたり、CAFCはFTCと司法省が提唱している基準を却下した。
控訴人は最後に、和解はバーラボの請求を180日の排他的期間に保ったこと、そしてこれにより、他のジェネリック薬品の製造者がANDAを申請し、シプロの特許の有効性について争うことが阻害されたことを示す証拠について、地方裁判所は検討すべきだったと主張した。
CAFCはこの主張を斥け、和解の条項ではParagraph IV certification はParagraph III certification に転換されていたため、バーラボはもはや排他的期間の権利を有しないと結論づけた。
Paragraph III certification は単に、ジェネリック薬品は特許権の存続期間の満了時にのみ販売されることを規定しているだけであるため、CAFCは、排他的期間は他のジェネリック薬品の製造者にも適用されると判示した。
この事件は、対価の支払いに係る和解の合意と反トラスト法との関係についていくらかの洞察を示しているため、重要である。
すなわち、この事件では、特許によってもたらされる権利に加えて特許権者にいかなる排他的権利も認めないという和解の合意は、他に許し難い行為がない限り、反トラスト法に違反すると認定すべきではないことが示された。