CAFC判決

CAFC判決

Mega IDS(大規模情報開示陳述書)

IPR2024-01280 (May 19, 2025)

特許の有効性に大きな影響を与える情報開示陳述書(Information Disclosure Statement:IDS)に関して、先例とは異なり、IDS提出があったにも関わらず、USPTO長官代行のCoke Morgan StewartがIPRの申立ての受理を命じた決定(2025年5月19日)を発した。そこで、この決定が取り扱った、大規模な情報開示の問題を取り上げる。

USPTO長官代行の命令に絡む大規模情報開示陳述書の検討

多くの特許出願人は、自らが把握しているあらゆる文献を含む大規模な情報開示陳述書(Information Disclosure Statement:IDS)を提出している。これは、関連する技術内容を含む複数の特許出願を行っている場合によく見られる。

その目的の一つは、重要な文献の未提出により「不誠実行為(inequitable conduct)」とされることを回避するためである。もう一つの目的は、その文献が審査中に審査官によって考慮されたと主張できることで、特許の有効性推定(presumption of validity)を強化することにある。

しかしながら、大規模なIDSの提出は、これらの目的のいずれも達成できない可能性もある。審査官はしばしば、大規模なIDSに批判的であり、場合によっては出願人に対して、特に重要または関連性の高い文献を特定するように求めることがある。ただし、これに対する応答は義務付けられていない。

一部の特許無効手続では、申立人が、出願人が意図的に審査官に見落させる目的で、重要な先行技術を大量のIDSの中に埋もれさせた(“bury”)と主張することもある。また、審査官が1,000件以上の引用文献すべてを現実的に検討することは困難であるとの意見もある。

USPTO長官代行による2025年5月19日付命令:
大規模情報開示陳述書の問題は、米国特許第11,925,202号に対するIPR請求の却下に関連して取り上げられた。却下された申立ては、出願人がIDSにより提出し、審査中に審査官により記録された先行技術のみに基づいていた。そのIDSには1,000件超の文献が含まれており、通常のIDSの40倍以上の規模であった。審査官は、特に注意を払うべき文献を特定するよう出願人に求めたが、出願人はこれに応じなかった。それでも、審査官はすべての文献を審査記録に残した。

PTAB(特許審判部)が申立ての審理を却下した理由の一つは、申立てで引用された文献が出願審査中にすでに審査官に提出されていた点である。特許法第325(d)条では、「同一または実質的に同一の先行技術または論点が既に特許庁に提示されている場合」、審理開始を却下できる(Advanced Bionics事件、IPR2019-01469、2020年2月13日、先例判決)。

申立人はその後、この却下決定に対してDirector Review(長官代行による審査)を請求し、2025年5月19日、Coke Morgan Stewart長官代行が「審査開始拒絶の決定の取消し及び審判部への差戻し」を命令した。

この命令では、大規模IDSに引用された文献の扱いが、先行技術や論点の再検討を正当化する事実を示している可能性があるとされた。

すなわち、「出願審査中に提出された文献の量及び関連性に関する出願人からの情報や補足に基づいて、申立人の主張を審判部は考慮すべきである」とされた。

この命令は、大規模IDSで提出された文献が審査官に見落とされる可能性があることを認め、IDSの有効性に対する懸念を示唆しています。

Mega IDSが不誠実行為の主張に与える影響:
前述のとおり、多くの特許実務家は、不提出により不誠実行為(inequitable conduct)を主張されることを避けるため、合理的に重要と考えられるすべての文献を提出するという目的で、大規模なIDSを提出する。

Therasense v. Becton, 649 F.3d 1276(Fed. Cir. 2011)では、不誠実行為の可能性が争点となった。Therasense事件以前は、特許庁への情報不開示のみで不誠実行為とされる可能性があったが、その後は「欺罔の意図」と「重要性」の両方の立証が必要とされるようになった(Star Scientific Inc. v. R.J. Reynolds Tobacco Co., 537 F.3d 1357, 1365 (Fed. Cir. 2008))。

Therasense判決は、不誠実行為を懸念するあまり、「特許実務家が、ほとんど価値のない先行技術を大量に審査官に提示する(bury)」状況が常態化していると指摘している。

ABA(米国弁護士協会)知的財産部会は、「出願人は、特許庁が実質的に検討できないほどの過剰な先行技術を開示し、それらの重要性を説明しないが、それは不誠実行為のリスクを回避するためである」と白書で報告している(2009年白書)。

この問題を踏まえ、Therasense判決では、「重大な参照の誤表示または不開示が、重過失または“知っているべきだった”という基準だけでは欺罔の意図要件を満たさない」と明示した(同1290頁)。同判決は、大規模IDSへの重要文献の埋没(burying)という問題を認識し、欺罔の意図に関する要件を厳格化することで、大規模IDSの提出数を減らすことを意図した。

不誠実行為を立証するには、「出願人がその文献を知っており、それが重要であることを認識し、かつ、意図的に提出しなかった」ことを明確かつ説得力ある証拠により立証しなければならない(同1290頁)。

IDSの文献数がどの程度になれば「埋没(burying)」と評価されるかは、事案ごとに判断され、たとえば、Illinois Tool Works, Inc. v. Termax LLC(2023年7月24日、N.D. Ill.)では、7件の文献のうち1件を含めたことは埋没に当たらないと判断された。また、Molins Plc v. Textron, Inc., 48 F.3d 1172(Fed. Cir. 1995)では、IDSが11ページにわたり、米国特許23件、外国特許27件、米国および外国の文献44件を列挙していたにもかかわらず、参照がIDSに埋没していないとされた。

2023年のTherasense後の判決であるBridgestone Americas Tire Operations, LLC v. Speedways Tyres Limited(2023年8月9日、N.D. Tex.)では、「大量の文献の中に文献を“隠す”ことは、“先行技術の不開示または誤表示”には該当しない」とされた。同判決では、「多数の文献の中に重要な文献を埋没させることが“欺罔の意図”の要件を満たす」とする法的根拠を示さなかった。したがって、同裁判所は、文献の埋没を不誠実行為の正当な根拠とは認めなかった。

一方で、上述の2025年5月19日付長官代行命令では、1,000件超の引用を含むIDSにおいて、審査官がすべてを効果的に審査するのは困難であるとの懸念が示され、特に米国特許第11,925,202号の審査において、審査官は「特に注意を払うべき文献の特定」を出願人に求めましたが、出願人はこれに応じなかったという事実があった。このような対応の拒否は、不誠実行為を評価する際の裁判所による考慮要素となる可能性がある。

有効性の推定について:
米国特許法第282条は、「特許は有効と推定される(A patent shall be presumed valid)」と規定している。また、「特許又はその請求項の無効を立証する責任は、無効を主張する者にある」とも定めている。

2010年の米国最高裁判決(Microsoft Corp. v. i4i Limited Partnership, 564 U.S. 91)では、無効抗弁は「明白かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」によって証明されなければならないと判示した(同97頁)。

一方で、同判決は、「新たな無効証拠は、PTOで審査された証拠よりも侵害訴訟において重みを持つ可能性がある」ことも認めている(同110頁)。

したがって、出願人にとって、審査段階であらゆる重要な先行技術が審査官により考慮されるようにすることは明確に有利である。
しかし、大量の文献を提出しながら、どの文献が特に特許性に関連するのかを明示しない場合、裁判所は、審査官がそれらすべてを実質的に検討していないと認定し、特許の有効性推定が弱まる可能性がある。

Mooney v. Brunswick Corp., 663 F.2d 724(7th Cir. 1981)では、出願人が56件の先行技術を提出し、それらの重要性についての順位付けがなかったため、控訴裁判所は以下のように判断した:
「審査官のリストに多数の文献が含まれていたことを考慮すると、地方裁判所が、審査官がこれらの図面を関連する先行技術として検討しなかったと結論づけたのは不当ではない。」

その結果、特許庁が先行技術を検討・拒絶した場合に付与され得る法定の有効性推定は、Kiekhaefer図面およびGale Products図面については失われた。

つまり、Mooney事件では、56件の引用の中に含まれていた文献が審査官に十分に考慮されていなかったと裁判所が認定し、それが有効性推定の喪失に繋がった。このような認定は、特許の有効性の推定や、当事者系レビュー(inter partes review)の申立てにおいて先行技術や主張が重複するかどうかの評価にも大きな意味を持つ。

結論と提言:
1.重要な先行技術は適時に提出すること:
本稿で取り上げた裁判例はいずれも、USPTOに対する誠実義務(duty of candor)を軽視するものではなく、当事者はこれを順守すべきである。

2.重要な文献の提出を怠るより、大規模IDSを提出する方が望ましい:
ただし、大規模IDSを提出する際には、最も関連性が高いと考えられる文献を小リストとして明確に示すという手法を併用するのがよいとされている。
このリストには、「出願人の理解に基づき最も関連性が高いと考える引用文献」であることを明記すべきである。文献の内容説明は不要であるが、非英語文献であれば必要である。

3.関連出願から生じた大量のIDSの場合、その理由を説明すること:
同時審査中の出願や関連出願の文献に基づいて大量の文献が提出される場合には、その旨を説明することにより、審査官が出所を理解しやすくなる。サーチレポートやOffice Actionを添付することも、審査の焦点を絞るうえで有効である。

4.審査官から「重要な文献の特定」を求められた場合は対応すること:
ただし、その特定は、出願人が理解・認識している範囲に基づくべきであることを明記すべきである。

5.IDSが過大になる場合、カテゴリAの文献の除外や分離を検討すること:
例として、カテゴリA(単なる技術的背景)と、カテゴリXまたはY(新規性・進歩性に関係)を分けてIDSを提出することも有効である。

6.重複的文献(同一文献の外国ファミリーなど)は除外を検討すること:
これにより、IDSの冗長性を減らし、審査官の負担軽減に繋がる。

7. IDSに文献を含めない判断をした場合は、その理由を記録しておくこと:
たとえば、「重複的である」や「重要性が認められない」など、ファイル履歴に記載しておくとよいと思われる。

報告者紹介

Andrew J. Koopman
Shareholder, Buchanan Ingersoll & Rooney
Andrew J. Koopman specializes in both patent and trademark litigation and patent prosecution, and he is the co-leader of the Buchanan’s electrical/computer science practice group. The breadth of his practice allows him to offer his clients a complete and integrated strategy to intellectual property protection and enforcement.
He earned his B. S. in Engineering Physics and Electrical Engineering from Cornell University, and his J. D. from Temple University Beasley School of Law.

William C. Rowland
Shareholder, Buchanan Ingersoll & Rooney
William C. Rowland is co-chair of Buchanan’s Intellectual Property section and Patent Prosecution group, and is the Mechanical Practice Group leader. His practice is focused on client counseling on intellectual property matters, concerning both domestic and international issues, as well as drafting and prosecuting patent applications in mechanical, optical and electrical technologies and industrial designs.
He earned his J.D. from The George Washington University Law School in 1980, following his B.S. in Mechanical Engineering from the University of Vermont, where he graduated cum laude in 1977.

Duane A. Stewart, III
Duane A. Steward is the co-chair of Buchanan’s Chemical Practice Group. He focuses on patent prosecution, portfolio management and litigation; trademark procurement and portfolio management; and analysis and due diligence for transactions including intellectual property. He also has experience with copyright and trade secret law.
He earned his A. B. with cum laude in Chemistry from Harvard College and his J. D. from Ohio Northern University College of Law in 2000 with high distinction.

弁理士 髙瀬 勤
大塚国際特許事務所 弁理士
大阪大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 前期課程修了。特許庁審査官、審判官、審判長、審判部門長、知的財産高等裁判所調査官を歴任。
情報処理、データベース、情報検索、ユーザインターフェイス、電子商取引、その他コンピュータ関連の特許、審判、特許調査、特許無効審判、審決取消訴訟、特許権侵害訴訟を得意とする。