本件は、出願人が特許出願の審査過程で、先行技術を隠したことで、不正行為を認定し、審査官にそれ以上の審査が不要であるかのような印象を与える不正行為を行ったことで、欺く意思を推定しています。この結果、特許権の行使不能の判決が出ました。
審査過程における不正行為による権利行使の制限
eSpeed事件において、CAFCは特許出願の審査の過程での不正行為による権利行使不能の判決を支持した。発明者が重要事実に関する虚偽の供述をした宣誓書の提出には欺く意思があると推定された。
原告eSpeed Inc.及び Cantor Fitzgerald, L.P.(以下、Cantor)は米国特許第6,560,580号「580特許」に基づく侵害訴訟を提起した。 580特許は米国特許第5,905,974号「974特許」の分割出願であり、確定利付き証券(債権)取引の自動化のための方法やシステムに関する。
確定利付き証券は「オープン・アウトクライ方式(公開セリ売買方式)」で取引されており、有価証券の個別注文もしくは売却をブローカーが口頭で入札と売買申込をして取引していた。旧来の取引過程では、独占権もしくは交渉権に基づく取引期間があり、これらは580特許及び974特許には「旧」取引方法として記載されていたのである。
580特許及び974特許は「新」ルール(注)として、これとは異なる短い期間の独占権もしくは交渉権が説明され、また、クレームされていた。
Cantorは974特許が特許発行されるとすぐに、特許侵害を理由にLiberty Brokerageに対して訴訟を提起した。訴訟の早い段階で、訴訟代理人はCantorの取引システムとして知られている「Super System」が974特許の出願日以前に使用されているが、974特許の審査過程では審査の対象になっていないことを知る。
Super Systemは、ブローカーが「旧」ルール及び「新」ルールのいずれも使用できるソフトウェアコードを含んでいた。Super Systemが開示されていなかったことで明白な不正行為の可能性があるため、Cantorは訴訟を取り下げた。
CantorがLiberty Brokerage訴訟を取り下げた時、後で580特許となる特許出願第09/294,526号「526特許出願」は米国特許庁で審査中であった。
不正行為とされないために、Cantorは発明者がSuper Systemを説明した宣誓書や証拠を準備し、提出した。宣誓書の1つには、Super Systemが新ルールを含まず、旧ルールを元にソフトウェアコードが組まれていると供述していた。1139ページにも及ぶ添付証拠には、Super Systemのためのソースコードの一部が含まれていた。
この訴訟で被告は580特許は発明者の宣誓書に重要事項の不実告知があるとし、不正行為による権利行使の不能を主張した。地方裁判所は被告の主張を支持し、発明者の供述書に「Super Systemが「新ルール」取引のためのコードを全く含有しない」との供述が虚偽であるとした。
異なる時期に別の「新ルール」が存在したかもしれないが、全ての「新ルール」は独占権を制限しており、それは580特許でクレームされた主要な発明の目的であった。地方裁判所は、宣誓書に記載されている一部分の文言には、審査官がSuper Systemには新ルールの記載がないと信じるに足りる欺く意思があると推定できる十分な事実を発見した。それを元に、地方裁判所は不正行為を理由に580特許の権利行使不能の判決を下したのである。
控訴審では、Cantorは宣誓書は重要ではなく、1つには、Super Systemが展開された時は、ブローカーたちは新ルール取引のためのコードを使用しなかったので、記録に反映しなかったと主張した。Cantorは更に、1139ページにもわたる証拠を宣誓書と共に提出し、審査官に全ての事実を提供したと主張した。
CAFCは、地方裁判所の権利行使不能の判決を支持し、第一に、「不正行為は、断定的な重要事項の虚偽の陳述、重要情報の非開示及び虚偽の重要情報の提出を含有し、その行為には欺く意志があった」と判断した。Pharmacia Corp. 対 Par Pharm. Inc. 417 F.3d 1369, 1373 (Fed. Cir. 2005)[Molins PLC 対 Textron, Inc., 48 F. 3d 1172, 1178 (Fed. Cir. 1995) ]
CAFCは更に、不作為及び虚偽の陳述は非常に重要であり、「不正行為が行われたことを認定する上で欺く意志の証拠は少なくてよい」ことを認めた。Perspective Biosystems, Inc. 対 Pharmacia Biotech, 225 F.3d 1315, 1319 (Fed. Cir. 2000)
事実に基づきCAFCは、Super Systemが「新ルール」の形式を含んでいるので、思慮分別のある審査官であればこの重要な点に基づき特許を付与するかどうか決定したであろうと指摘した。
CAFCは更に、「Cantorがソースコードの一部を提出して、そのソースコードがどの部分であるかにつき嘘を言ったことは、審査官にまるで更なる検討が不要であるかの印象を与えた」との判断を支持した。
これはSemiconductor Energy Lab.事件の不正行為の判断と類似しており、先行技術の全体が提出されていたにも拘わらず、日本語の先行技術文献の部分翻訳と要約された説明が提出されていた点と類似していた。Semiconductor Energy Lab. Co. 対 Samsung Elecs. Co., 204 F.3d 1368 (Fed. Cir. 2000)判決。
Semiconductor Energy Lab. 判決と同様にCantorは審査官に更なる検討が不要であるかの印象を与えた。従って、宣誓書には本質的に重要で明白な虚偽の陳述を含んでいた。
CAFCは、欺く意志は、通常直接証拠から証明されることはほとんどなく、「大抵は出願人の総合的な行為を取り巻く状況や事実から推定される」と指摘した(Merck & Co. 対 Danbury Pharmacal, Inc., 873 F.2d 1418, 1422 (Fed. Cir. 1989)を引用したImpax Labs. 対 Aventis Pharms., 468 F.3d 1366, 1375 (Fed. Cir. 2006))。
CAFCは宣誓書が「特許庁を欺く意図的策略の手段として選択された」と判断し、欺く意志が推定されるとし(Rohm & Haas Co. 対 Crystal Chem. Co., 722 F.2d 1556, 1571 (Fed. Cir. 1983))、「宣誓供述書を提出すると言う確固たる行為は欺く意思があったと解釈されるべき」とした(Refac Int’l Ltd. 対 Lotus Dev. Corp., 81 F.3d 1576, 1583 (Fed. Cir. 1996))。
eSpeed判決は、宣誓書に重要事項に関する虚偽の陳述が含まれている場合、宣誓書のみで欺く意思を推定するのに十分であり、不正行為による特許の行使不能が言い渡された。