この事件において、発明者が大学や病院の同僚及び企業に対し、書面による秘密保持契約無しに論文を提供していましたが、CAFCは、その論文が特許法第102条(b)に基づく先行技術刊行物とはならないとした地方裁判所の判決を支持しました。法的な守秘義務契約がない場合でも、秘密が守られる蓋然性があれば、その論文は刊行物ではないと判断されました。こうして、この判決は、付随する書面による機密保持契約無しに論文が企業に提供された場合の、特許法第102条(b)に基づく先行技術刊行物の基準を示しました。
守秘義務契約無しに企業等に提供された論文が第102条(b)の先行技術刊行物に該当するか否かを判断した事件
この事件は、2つの論文が特定の相手に法的な守秘義務無しに提供された場合に、その論文が米国特許法第102条(b)項に基づく「刊行物」となるかどうかが争点となった。コーディス(Cordis Corporation)は、Boston Scientific Corporation並びにScimed Life Systems, Inc.(以下、合わせて「ボストン」)が、米国特許第4,739,762号(以下、762特許)及び第5,895,406号(以下、406特許)を侵害したとして、デラウェア州地区地方裁判所に提訴した。
ボストンは米国特許第5,922,021号(以下、021特許)の侵害を理由に反訴した。これらの特許はいずれも、血管内のステントに関するもので、ステントとは、円筒形の格子状の骨格のもので、それを血管内に挿入し、血管を開口した状態で維持するように拡張する医療器具である。
判決は(1)ボストンによる762特許のクレーム1及び23の侵害、および、(2)コーディスによる021特許のクレーム36の侵害を認定した2つの別個の陪審評決に基づいた。判決はさらに、これらのクレームの有効性を認めた。これに対しボストン、コーディス両者が控訴した。
事件の争点は、762特許の発明者によって作成・提供された2つの論文が、先行技術を構成するものではなく、762特許を無効にするものでもない、とした地方裁判所の判断であった。
この問題に関連したものとして以前発表されたパルマズ博士(Dr. Palmaz)論文というのがあるが、当該事件においてはこの論文提供に関する事実は争点ではなかった。
この論文とは1980年、カリフォルニアの病院の研修医であった期間に、パルマズ博士はステントに関する自身の成果を記述した10ページに及ぶものである(以下、1980論文と呼ぶ)。
パルマズ博士は1980論文のコピーを約6名の彼の指導教官と数名の他の仲間に渡したが、後にパルマズ博士は、彼のステント技術の商品化のために、2つ企業に対し、それぞれとの契約書に基づき論文のコピーを提供した。
契約書では、いずれの企業にも論文を秘密にしておくことが要件として課されることはなく、また、一方の企業との契約書ではあらゆる守秘義務が明示的に否定されていた。
1983年、パルマズ博士は論文を修正し(以下、1983論文)、パルマズ博士に製作の手伝いを申し出た技術者に2つの論文のコピーを渡した。1983年、パルマズ博士はテキサス大学サンアントニオ校の医師及び大学に対し、研究企画書の一部として1983論文を提供した。
地方裁判所は、パルマズ博士が作成した論文は先行技術ではなく、762特許の主張されたクレームは論文によって無効であるという主張に関しては、クレームは無効ではないというコーディス勝訴の略式判決を下した。
控訴審においてCAFCは、特定の相手に法的守秘義務を課すことなく論文を提供することが、米国特許法第102条(b)の刊行物となるかどうか、という狭義の問題について注目し、それは刊行物ではないと認定した。
前提事項としてCAFCは、「発明者に学問的なプレゼンテーションあるいはディスカッションに参加する意欲を残すこと(注1)」の重要性を認識しつつ、パルマズ博士が病院と大学の仲間に論文のコピーを提供したことは、開示物が秘密に保たれる蓋然性を生ずると認定した。このような開示は、従って、論文を刊行物とするものではない。
CAFCは次に、2つの企業に対し論文が提供されたことが第102条(b)の刊行物を構成するか否かについて審理した。
2つの企業は、論文を秘密にすることについて何の書面上の契約書も交わしていなかった。実際に、一方の企業との情報開示契約書には守秘義務が無いことが明記されており、もう一方の企業との情報開示契約書にはそのような義務については何も書かれていなかった。
ボストンは、「政府レポートを政府機関とその職員に提供したことは刊行物を構成しないが、商業的な企業に対し制限なく提供したことは明らかに刊行物を構成する」と述べたGarret Corp. 対 United States事件(注2)の判例に従うべきだと主張した。
しかしCAFCはそれを否認し、パルマズ博士と2つの各企業との間には秘密にする蓋然性があったという結論を裏付ける十分な証拠があったと認定した。
実際に、CAFCは、パルマズ博士が論文を秘密にしておくことを要求したこと、およびこの要求が守られなかった証拠がないことを認定する拡張証拠に依拠した。
さらに、CAFCは、「ここで示された事実の全てである、法上の守秘義務が存在しないということだけでは、パルマズ博士による守秘義務に対する期待が存在しないことが合理的であることを示すには十分ではない」と認定した(注3)。
従ってCAFCは、パルマズ博士の論文が第102条(b)の先行技術刊行物ではないとした地方裁判所の判決を維持し、762特許のクレームが論文によって無効とはならないというコーディスの略式判決の申し立てを認めた地方裁判所の判決を支持した。
この事件は、個人の守秘義務に対する合理的な期待は、何ら法的な守秘義務の存在に依存するものではなく、そのような秘密が実際に守られたという判断を含む多くの様々な要因にこそ依存することを教示した点で興味深い。
こうして、この判決は、付随する書面による守秘義務契約無しに論文が企業に提供された場合の、特許法第102条(b)に基づく先行技術刊行物の基準を明らかにした。
Key Point?Klopfenstein事件、380 F.3d 1345, 1351 (Fed. Cir. 2004)?Garrett Corp. 対 Unites States事件、422 F.2d 874, 878 (Ct. Cl. 1970)?Cordis Corp. 対 Boston Scientific Corp. et al.事件、2008-1003, -1072 at *23 (Fed. Cir. March 31, 2009)