CAFC判決

CAFC判決

Bayer Schering Pharm AG, et al. 対 Barr Laboratories, Inc.事件

No. 2008-1282,2009,11,5-Aug-09

この事件でCAFCは、バイエルの経口避妊薬に関する特許クレームが自明であるとした地方裁判所の判決を支持しました。微粉化すること、ならびに、通常の錠剤コーティングを使用することは、KSR事件で示された、特定された限られた数の予見可能な限られた解決策に含まれることを、先行技術が当業者に示していたと結論付け、自明であったと判断しました。

KSR事件に基づき自明性が判断された事件

バイエル・シェーリング・ファーマ社とバイエル・ヘルスケア社(以下、まとめてバイエル)は、ヤスミン(Yasmin?)という経口避妊薬を製造している。

バイエルはヤスミンのジェネリック薬品を製造しようとしていたバー・ラボラトリーズ(Barr Laboratories, Inc.以下、「バーラボ」)に対し、米国特許第6,787,531号(以下、531特許)を侵害したと主張して、ニュージャージー地区地方裁判所に提訴した。しかし、地方裁判所は特許無効の判決を下し、バイエルはCAFCへ控訴した。

ヤスミンの有効成分であるドロスピレノン(Drospirenone)は、排卵を阻害するプロゲスチン(注)である。その避妊の特性に加えて、ドロスピレノンには、利尿効果(体内の過剰な水分を減らす)および、にきびを抑制する特性がある。

しかしながら、患者に効果のある製品を作ることが困難な特質も持っている。第一に、ドロスピレノンは酸に敏感である。人間の胃のような強酸性の環境にさらすと、酸がドロスピレノンの分子構造の配列を変える反応の触媒をして、その特性を部分的に除去する働きをする。第二に、ドロスピレノンは難水溶性の組成である。溶けにくいので、薬品の生体利用効率(すなわち血流に吸収され体内で働くことができる活性状態の薬品量)は低下する。

これらの問題に直面して、バイエルの化学者達は、ドロスピレノンを経口避妊薬にするために大規模な研究を行った。初期の研究では、ドロスピレノンは胃の中で急激に分解し、生体利用効率が低下した。それ故、一連の臨床研究は、ドロスピレノンを腸溶コーティング処方して行われた。

その当時、酸に敏感な薬品の生体利用効率を維持する方法として、胃酸から薬を守り、酸性度の低い十二指腸や小腸を通過するときに薬を開放する腸溶コーティングが知られていた。

数年以内のうちに、薬品の腸溶コーティング処方と、保護していない普通の錠剤、及び経静脈輸送とを比較研究した結果、バイエルは、通常の錠剤と腸溶コーティングの錠剤とが同じ生体利用効率であるという結論に至った。

腸溶コーティングが、患者の治療反応のばらつきが激しいなど、他の問題を引き起こすという事実を踏まえて、バイエルは、普通の即効型錠剤によりドロスピレノンを輸送する生成物を開発し、531特許を取得した。

裁判においてバイエルは、溶解率と生体利用効率を高めるためにドロスピレノンを微粉状に(粒径を小さく)し、微粉化されたドロスピレノンは、強酸性な胃の環境から守るための腸溶コーティングをする必要がないことが、革新的な点であると主張した。

しかしながら、地方裁判所は、以下の基本的な理由に基づき、531特許が無効であると認定した。

当業者であれば、酸に敏感な薬品を吸収することを証明する、ドロスピレノン(ドロスピレノンの類似品)の臨床研究を行うことを検討すると考えられる。?当業者であれば、ドロスピレノンが人間の胃を想定した酸にさらしたときに分解されることを、先行技術が教示しているにも拘らず、精密なテストを行うと考えられる。?KSR Int’l Co. 対 Teleflex Inc.事件(555 U.S. 398 (2007))に基づき、ドロスピレノンを通常の即効型錠剤にすることは当業者にとって自明であった。

Key Point?控訴審において、CAFCでの唯一の争点は、米国特許法第103条の自明性であった。判決を述べるにあたり、メイヤー判事は、まずKSR判決における判示を以下のように概説した。

Key Point?「問題を解決する設計の必要性もしくは市場圧力があり、かつ、特定されている予見可能な解決策が限られている場合に、当業者が自身の技術的理解の範囲で、既知の選択肢を追求するのは当然である。これが予想した成功をもたらしたならば、それは革新によるものではなく、通常の技量と常識による産物である。そのような場合、組み合わせを試すことが自明であったという事実は、特許法第103条に基づき自明であったことを示している。 550 U.S. at 421」

Key Point?自明であるほとんどの発明が、それを試すことも自明である(In re O’Farrell, 853 F.2d 894 (Fed. Cir. 1988))という認識の上で、CAFCは、次の2つの例外を示した。

Key Point?発明者が、先行技術による限定なしに、「その分野における全ての可能性」を試さなければならなかった場合、発明を試すことは自明ではない。?「先行技術が曖昧で、発明者が特定の解決策へと導かれることがない」場合、発明を試すことは自明ではない。この事件ではどちらの例外もバイエルには当てはまらなかった。

Key Point?微粉化に関して、CAFCは、先行技術が諸刃の剣であることを見出した。それは、ドロスピレノンのような難水溶性物質を微粉化することは、吸収率(及び生体利用効率)を高めると共に、(酸に敏感な薬品にとっては)分解率を高めてしまうことを教示していた。

Key Point?したがって、微粉化が実行可能な選択肢であるという結論の十分な証拠が存在していた。腸溶コーティングに関して、CAFCは、両者の見解(先行技術は通常の錠剤の使用を教示していなかったとするバイエルの主張と、先行技術は腸溶コーティングの使用を教示していなかったとするバーラボの主張)は、当業者による2つの既知の選択肢を提示していると判断した。

Key Point?合わせると、これらはKSR判決で特定された「特定されている予見可能な限られた解決策」を示している。その結果、CAFCは531特許を無効とした下級裁判所の認定を支持した。

Key Point?ニューマン判事は反対意見として、CAFCの判決は、裁判で提示された議論の余地のない証拠を無視していると述べた。ニューマン判事によると、(1)微粉化されたドロスピレノンが胃酸により急速に分解されたこと、及び(2)バイエルの化学者が分解を防ぐために腸溶コーティングが必要であると確信していたことを記録が示していた。法律は、裁判所が、発明がなされた時点でその発明が当業者にとって自明であったか否かを判断することを定めているのであって、後知恵を持つ裁判官にとって自明であるか否かを判断することを定めているのではない、と述べた。

Key Point?バイエル事件の議論は、試すことが自明であることの分析における重要な限定があることを示唆している。例えば、問題に対する潜在的な解決策の数がいくつあれば、「限られた」を超えることになるのか、また、何が「曖昧」で何が「精密」なのか、といった分析の明確な境界は、未だはっきりしていないが、先行技術が当業者を2つの選択肢へ導く情報をもたらし、その当業者が、先行技術による限定なしにその分野における全ての可能性を試す必要性が無かった場合には、自明性の認定がなされる様である。