この事件は、特許出願の過程での引用例に対する意見の効果・影響に焦点を当てた。出願過程での意見は特許の範囲を限定する。更には、特許性の主張と侵害論が矛盾してはならないことをこの事件は教えてくれる。
特許を取得するための議論と被疑侵害者の侵害論の矛盾を指摘した事件
Traxcellは、ワイヤレス機器の通信状態を自ら補正するネットワーク技術に関する特許(8,977,284と9,642,024)の特許権者である。これらは同一優先権から派生したもので、明細書の記載も実質的に同一である。特許権者は、NokiaのEden-NETシステムが特許を侵害するとして侵害訴訟を提起した。Nokia(被告)のシステムでは、一連のソフトウエアを利用して無線ネットワークのオペレーターがネットワークの不具合を調整できるようになっていた。地裁の予審判事(magistrate judge)は2019年1月7日にクレーム解釈命令を発した。その命令で、024特許に関しては”location”、284特許に関しては“first computer(computer)”の文言が解釈された。
解釈の結果、これらの文言は不明瞭と判断された。特許権者はそれには直接対応せず、対抗策として特許庁に、ミスプリント(誤植)による訂正を申し入れた。被告は、非侵害の略式判決をもとめるモーションを提出した。地裁は、予審判事の判断を支持し、被告のモーションを認め、特許非侵害の確認判決を下した。原告はCAFCに控訴した。
地裁は024特許クレームの解釈において、特許庁での審査の経緯に鑑みてlocationを、グリッドパターンの中の単なる位置と解釈した。これに対しTraxcellは、控訴審ではその文言通り、通常の意味で解釈されるべきであると主張した。
しかしながら、特許を取得するためのクレーム解釈と、権利行使のためのクレーム解釈が違ってはならないことは、クレーム解釈の基本である。
CAFCは、審査過程において引例におけるlocationがグリッドに従う通常の位置を指すのに対して、特許権者が特許システムにおける位置がよりアダプティブでより洗練されたものであると主張して特許に至った経緯から、locationをその文言通り、通常の意味で解釈することを拒絶した。
次に、284特許に関してTraxcellは、引例のAndersonと本件特許を区別するため、特許審査の過程で公知例のコンピューターが複数であるのに対し本発明は一つのコンピュータであると述べ、公知例に見られる余分の工程や装置は不要であることを強調した。また、別の公知例(Steer)との組み合わせと、本件発明を差別化するため、本件では「最初のコンピュータだけが必要」であることを強調している。これらの審査経過から、Traxcellが複数のコンピュータを使用することを放棄(disclaimed)したことは紛れのない明らかな事実である。
よって審査の段階で放棄した権利のリキャプチャーは認められなかった。