この事件では、遺伝子に関する発明が、特許法第101条における主題適格性を有するか否かが争点となっています。CAFCは、単離DNAは人工物であり、その配列は自然界のDNAとは化学的に異なることから第101条の特許要件を満たしていると判断しましたが、DNA配列を「比較」「分析」する方法自体は抽象的概念にすぎないとして主題適格性を欠いていると認定しました。但し、CAFCにおいても判事の意見は分かれており、本件は最高裁の判断を仰ぐことになると思われます。
遺伝子に関する発明の特許法第101条における主題適格性の有無が問題に
分子病理学協会(The Association for Molecular Pathology以下、AMP) 対米国特許商標庁(USPTO)事件もまた、米国特許法第101条の主題適格性を扱った事件である。
AMP事件においてCAFCは、単離遺伝子は特許法第101条に基づき主題適格性を欠いていると判断したニューヨーク州南部地方裁判所の略式判決を破棄した。またCAFCは、単離遺伝子に関連する潜在的がん治療のスクリーニング方法は主題適格性を欠いていると判断した地方裁判所の判決も破棄した。
しかしながら、CAFCは、DNA配列を「比較」「分析」する方法クレームは抽象的概念であることを理由に特許を受けることができないとした地裁の認定は維持した。
AMP事件は、BRCA1、BRCA2の2つの単離された人間の遺伝子に関するMyraid Genetics, Inc.(以下、ミライド)が所有する複数の特許発明に関するものである。これらの遺伝子は乳がん及び卵巣がんの発症の素因に関連していた。これらの特許発明はcDNAという、ある特定の遺伝子が単離、合成された結果生成される分子をカバーしていた。合成処理によりcDNAはエクソン配列だけになり、イントロン配列を含まないことから、cDNAは自然界のDNAとは科学的に異なる。ミライドはさらに、「少なくとも15のヌクレオチド」の単離された遺伝子配列をクレームしていた。
地方裁判所は、単離された遺伝子及び方法に関する全てのクレームは、主題適格性を欠いていることを理由に特許を受けることができないとする略式判決を下した。
CAFC判決において、まずCAFCは、特許を受けることができる発明から特許法が除外している自然法則、物理現象、抽象的概念の3つの例外を引用し、これにさらに、自然現象、心理作用及び自然物の3つの例外を付け加えた。
地方裁判所は、遺伝子が自然物であることを理由として、主題適格性を欠いていると判断したが、CAFCは2対1に意見が分かれた。その多数意見によれば、地方裁判所の判決を破棄し、それらの遺伝子は自然物というよりむしろ人工物の発明であると認定した。
CAFCは、自然物と人工物の発明の違いは、「自然界に存在する組成と比較して、クレームされた組成の独自性に変化が認められる」ことであると判断した。人間によって作られた人工物であるためには、組成は自然物とは「著しく異なる」か、「識別可能な特徴を有して」いなければならないのである。
CAFCは、単離DNAは自然界のDNA分子とは「化学的に異なる」と述べた。さらに、人間のDNAにおいて、BRCA1は約8000万個のヌクレオチドのDNA分子である染色体17に備わっており、また、BRCA2は、約1億1400万のヌクレオチドのDNAである染色体13に配置されている。
しかし、それらは単離された状態では、BRCA1及びBRCA2の両方共、ちょうど8万個程度のヌクレオチドから構成されている。CAFCはさらに、単離DNAは、人体内に存在する分子とは著しく異なる分子を生成するために化学的に操作されている、との見解を示した。したがってCAFCは、遺伝子は人工物であり、第101条の要件を満たしていると認定した。
次にCAFCは、単離DNAの変異を特定する方法クレームについて、全会一致での判決を述べた。方法クレームのうち2つは、BRCA配列を「比較」または「分析」する方法をカバーしていた。CAFCは、これらのクレームは抽象的概念であるとして特許性がないと判断した。
第一のクレームは、腫瘍標本による第一のBRCA1配列と、腫瘍ではない標本による第二のBRCA1配列とを「比較」し、その配列の違いが腫瘍標本における変質を示している、「腫瘍標本をスクリーニングする方法」を述べていた。
CAFCは、第一のクレームは「2つの異なるヌクレオチド配列の比較に必要な、抽象的な(比較するという)精神的プロセスを述べているに過ぎない」と述べた。第二のクレームは、BRCA遺伝子同士の比較に限定していたが、CAFCは、これも抽象的概念であることに変わりはない、と判断した。Bilski判決(注)を引用して、CAFCは、抽象的概念を「特定の技術的環境」に限定しても、特許適格性はないと述べた。
最後の方法クレームは、潜在的がん治療のスクリーニング方法を述べていた。その工程は、(1)潜在的がん治療の存在下または非存在下での、BRCA1遺伝子で形質転換された宿主細胞の「増殖」工程、(2)潜在的治療の有無による宿主細胞の増殖率を「判断する」工程、及び(3)宿主細胞の増殖率を「比較する」工程を包含していた。
「機械または変換テスト」を採用し、CAFCは、「増殖」工程は、潜在的に変換(transformation)であり、「判断」工程は細胞の物理的操作を要件とする。したがって、CAFCは、クレームは「機械または変換テスト」の要件を満たしており特許性があると結論付けた。
ムーア判事はその賛成意見として、cDNAの細胞に主題適格性があることに同意した。しかしながら、単離DNAに関しては、単離したDNAの化学的組成が異なるというだけでは主題適格性は不十分であると反対意見を述べた。代わりに、同意意見として、重要な特徴は、単離DNAが自然物とは「著しく異なる」独立した有用性を備えていることである、と述べた。
反対意見は、多数派が提示した、自然界に存在するものから合成したものに主題適格性があるか否かのテストに反対した。代わりに、ブライソン判事の反対意見では、クレームされたDNAと自然界に見出されるDNAとの間で、(1)配列及び(2)実用性が「著しく異なる」場合のみ主題適格性が認められるべきだと述べた。
その結果、ブライソン判事は、天然DNA内の遺伝子物質と単離された遺伝子は同一であることを理由に、BRCA遺伝子自体は主題適格性を欠いていると結論付けた。
ブライソン判事はさらに、臨床現場における遺伝子物質の用途は体内における用途と同一であり、「単離された遺伝子の配列を決定するために、個々の遺伝子は、人体内での機能と同様に実験室内で機能しなければならない」と述べた。
反対意見では、単離された遺伝子物質については特許を受けることができないと判断したが、cDNAに関するクレームを主題適格性ありと判断した多数意見には同意し、cDNAは実験室内で作られるものであり、天然DNAとは化学的に異なることを認めた。
さらにブライソン判事は、cDNAは、「プロモーター遺伝子に付けて、たんぱく質発現を行うために人間以外の細胞に組み込むことが可能である」という点で、天然DNAにはない実用性を備えていると付け加えた。
しかしながら、反対意見として、「少なくとも15のヌクレオチドを備えた」cDNAの小区画のクレームは無効であると述べた。ブライソン判事は、そのクレームは、自然界で生じる配列や他の遺伝子の一部も包含するほど広義であると結論付けた。
この判決は、単離DNAや遺伝子物質に関する主題適格性のある範囲にはまだ争いの余地があることを明らかにした。今まで、4名の判事(1名の地裁判事と3名のCAFC判事)がこの事件におけるクレームを審理し、4名が理由を述べそれぞれ異なる見解を示した。原告が裁量上訴を提起した場合、本件はBilski判決以降で、最高裁において主題適格性のある範囲をさらに明らかにする事件となるであろう。
Key Point?この事件では、遺伝子に関する発明が、特許法第101条における主題適格性を有するか否かが争点となっている。CAFCは、単離DNAは人工物であり、その配列は自然界のDNAとは化学的に異なることから第101条の特許要件を満たしていると判断したが、DNA配列を「比較」「分析」する方法自体は抽象的概念にすぎないとして主題適格性を欠いていると認定した。但し、CAFCにおいても判事の意見は分かれており、本件は最高裁の判断を仰ぐことになると思われる。