この事件においてCAFCは、先行技術とクレーム発明との間で数値範囲が重複する際の新規性判断において地裁が誤った判例を用いたとして地裁の新規性判断を否定したが、自明性判断に明らかな誤りがあったとは言えないとして地裁の判決を支持した。
先行技術とクレーム発明との間で数値範囲が重複する際の新規性・非自明性について争われた事件
パーキンソン病は脳からの命令を伝達するドーパミン不足から起こる身体が動かなくなる病気で、嚥下が困難になり服用薬での治療が難しい場合、経皮吸収システム(TTS)を利用して治療が行われる。ロチゴチン(Rotigotine)はパッチ式のパーキンソン病治療薬で、UCBは2007年にFDAの承認を受けてパッチ治療薬Neupro®を販売した。パッチは非結晶性ロチゴチンとポリビニルピロリドン(PVP)を含む。複数の関連特許があり、その中に2件のMuller特許(6,884,434と8,232,414)が含まれていた。Muller特許はFDAの特許情報を含む低分子医薬品のデータベース(オレンジブック)に掲載された。
Neupro®の発売後、UCBは室温保管のロチゴチンに新しい結晶成分(Form II)が生じることを発見した。FDAと相談し、UCBは当初のNeupro®を市場から回収(リコール)し、ロチゴチンとポリビニルピロリドン(PVP)の比率を変更した新しいNeupro®を販売した。ただし、当初のNeupro®は、一部の州や欧州で冷蔵保存を条件にその後も使用された。FDAは2012年、新治療薬Neupro®の販売を承認した。
Actavisは2013年、ロチゴチンの後発薬承認申請(ANDA)をFDAに求めた。UCBはMuller特許の侵害としてActavisをデラウエア州連邦地裁に提訴した。地裁は、Muller特許の有効性を認め、同特許が切れる2021年3月まで後発薬の承認を差し止める判決を下した。
UCBは2018年、2009年の仮出願を優先権主張して本特許の出願を行い、特許が認められた(USP 10,130,589)。本特許はロチゴチンとポリビニルピロリドン(PVP)が9:4-9:6の割合で含まれることを特徴とし、一方でMuller特許にはこの割合を9:1.5から9:5とすることが示されていた。UCBは589特許の侵害訴訟(本件訴訟)を提起し、Actavisの後発薬申請の承認を589特許が切れる2030年までさらに遅らせる判決を出すよう地裁に求めた。
地裁は、589特許の全クレームがMuller特許により新規性を有さず、またMuller特許と公知例により自明であるとして589特許を無効と判決した。UCBはCAFCに控訴し、地裁が誤った先例(Kennametal, Inc.対Ingersoll Cutting Tool Co.事件CAFC判決(2015))に依拠していたこと、地裁の認定が「後知恵」(hindsight)を根拠にしたこと、非自明性の客観的証拠を考慮しないという誤りを冒したこと、を控訴理由に挙げた。
CAFCは、地裁が誤った先例に依拠したとのUCBの主張を認めた。その理由についてCAFCは以下のように説明した。
判例によれば、クレームが新規性を有さないのは、1件の公知例が(1)クレームされた数値範囲内の点(point)を開示するとき、(2)クレームされた数値範囲と重複する範囲(range)を開示するとき、の何れかである。一方で、(2)の場合には、公知例の開示が、これらの範囲における発明の機能に合理的な違いがないことについて当業者に合理的な推測を可能にするほど十分である場合に限って、クレームは新規性を有さない。この点は、Ineos USA LLC 対 Berry Plastics Corp.事件CAFC判決(2015)に示されている。(2)に関して、裁判所は、数値範囲がクレーム発明の動作にとって重要であることを特許権者が示したかどうかを考慮しなければならない。この点は、Genentech, Inc.対Hospira, Inc.事件CAFC判決(2020)で示されている。本件の争点は(2)の類型に属する。地裁が、Kennametal判例を適用して(1)の類型に沿って新規性を否定したことは誤りである。
一方で、CAFCは、589特許が自明であるとの地裁の判断を支持した。数値範囲が重複する場合、クレーム発明は自明であるとの一応の推定が働く。この仮定は、阻害要因、予測しなかった結果、又はその他の証拠に基づいて覆すことができる。本件の場合、ロチゴチンとPVPの他の割合を開示している文献Tangは存在するもののクレームされた割合を否定しているわけではないこと、PVPを増やせば結晶化が起こりにくいことは予測可能なこと、Neupro®の商業的成功が必ずしもクレーム発明によるものと言えないこと、などを挙げて、地裁の事実認定に必ずしも明らかな誤りであったとは言えないことを理由に、地裁の無効判決を支持した。