この事件は、トレードシークレット窃取の実態を具体的に知ることのできる事案である。予防法的に参考になる。
退職者が勤務先の機密情報を持ち出した事件で、裁判所がトレードシークレット保護法ではなく、元の勤務先との雇用契約の仲裁条項により問題を解決すべきであるとした事案。
Canfeng Laiは長年Applied Materials(以下「Applied社」)にエンジニアとして働き、半導体チップの製造装置の製造部長となった。立場上、Applied社のトレードシークレットを含む文書を見たり、会議に参加したりした。Applied社のライバル企業であるMattson Technology(以下「Mattson社」)は2021年1月からApplied社の社員の引き抜きを開始し、1年半で17名の幹部クラスを含むエンジニアを引き抜いた。そのうち10名がLaiの部下のエンジニアであった。彼らは新しい勤務先をApplied社に伝えなかった。翌年2月、LaiもMattson社に引き抜かれた。
Laiは、Applied社勤務の最終日にクラウド保存されていたApplied社の高度に機密の情報をダウンロードし、電子メールに添付して自分のアカウント宛に送付した。添付した機密文書には「部外秘」などの明確な機密指定のマークが付されていた。Laiは、Applied社の機密情報は保持してないことを宣誓する離職証明書に署名し、2回の退社面接でもそれを確認した。
新しい勤務先(Mattson社)でLaiは勤務先のコンピュータに自分の電子メールアカウントでログインした。彼は、Applied社の情報を持ち出したのは、記念品として保管するためであり、Mattson社に開示するためではなかったと説明した。Lai及びMattson社は、LaiがMattson社にApplied社の情報を開示したことはないと主張した。また、Mattson社は、Laiの行動について知らなかったとし、関与も否定した。
Applied社はMattson社とLaiを「統一トレードシークレット保護法(UTSA)」違反で、Laiを雇用契約違反で訴えた。提訴されたことを知ったLaiは自分のアカウントに送った電子メールを全て削除し、Mattson社の弁護士と相談した後、直ぐに自分のパソコンにダウンロードしていたApplied社の文書を削除した。Mattson社は、Laiに自宅待機を命じ、会社のコンピュータと彼の個人メールアカウントとの接続を遮断し、LaiのiPhoneやMattson社と、個人所有のパソコンとを隔離させた。
Mattson社とLaiは、Applied社とLaiの雇用契約の規定にもとづき、紛争の仲裁による裁定と仲裁期間の訴訟停止を求めるモーションを提出した。地裁は、Laiについては仲裁を認めたがMattson社については認めなかった。Mattson社が、Applied社とLaiの雇用契約の当事者では無いためであった。Mattson社に対する訴訟を仲裁裁定が出るまで停止することを求めるモーションについても退け、Mattson社とLaiに対しApplied社の機密情報を入手・使用することを禁じる仮差止めを命じた。
控訴裁判所は、地裁の判決を支持したが、仲裁裁定まで訴訟を停止するモーションを退けた点については破棄し、事案を地裁に差戻した。民事訴訟法第1281.4上では、仲裁が行われるまで、訴訟または訴訟手続を停止するよう規定している。分離を求める当事者は、その請求が仲裁可能な請求とは独立したものであることを証明する責任を負う。LaiとMattson社に対するApplied社の請求は共通する事実関係に基づくものであるので、契約当事者ではないという理由だけで対Mattson社に対する訴訟を切り離しで審理を進めることは判例に反している。