製造者が特許侵害品を製造し、顧客に販売し、顧客がこの特許侵害品を使用した場合、(1)製造者による直接侵害(製造及び販売)、(2)製造者による間接侵害(顧客が特許侵害品を使用して直接侵害を行うことに基づく)、及び、(3)顧客による直接侵害(使用)、の3つの侵害が発生する可能性がある。本件では、(1)に対する損害賠償金の支払いがなされた後に、特許権者がさらに(2)及び(3)に対する損害賠償の請求を行えるか否かが争われた。
直接侵害の損害補償を受け取ると間接侵害の損害補償を受け取る権利を失う場合がある
Jacksonは、リモート電話からの所定のトーン信号を受信したことに対する応答として制御信号を生成して電話回線で送信する装置に関する特許(米国特許第4,596,900号、以下、900特許)の特許権者である。Glenayre事件において、Jacksonは、Glenayreの顧客が900特許に対する直接侵害を行ったと主張し、イリノイ州北地区地方裁判所へ特許侵害訴訟を提起した。
Glenayreは、この技術をボイスメールシステムに使用し、このシステムを製造し、無線電話サービスを提供する企業にこれを販売した。この侵害訴訟に対し、Glenayreは、自社の顧客に向けて製造・販売していた製品が特許を侵害していないことの確認訴訟を提起した。
地方裁判所は、確認訴訟について判決がなされるまで、顧客に対する訴訟の審理を延期した。
Jacksonは次に、Glenayreによる間接侵害及びGlenayreの顧客による直接侵害について確認判決を求めて反訴した。
地方裁判所は、不特定の顧客に対する反訴を禁じ、特定の顧客に対する反訴、及びGlenayreに対する反訴を延期した。するとJacksonは、900特許の直接侵害を理由にGlenayreに対するもう1つの反訴を提起した。
陪審裁判では、Glenayreによる直接侵害の争点のみについて審理された。裁判においてJacksonは、Glenayreによる侵害品の製造販売の妥当な特許使用料として、620~1500万ドルの範囲の損害額を認める評決を求めた。陪審員は、最終的にJacksonを勝訴として1200万ドルの損害額の支払いを認める評決を下した。
事実審理を終え、申し立て及び主張を審理した結果、地方裁判所は、陪審評決の損害額が「非常に高すぎる」と認定し、Glenayreによる「remittitur(注)」の申し立てを認めた。さらに、陪審員が1200万ドルの損害額を算出する際に特許使用料を販売額の30%としたことについて、妥当な特許使用料は最大で販売額の6%プラス25万ドルの一括払いであると決定した。
新たな裁判を提起する代わりとして、地方裁判所は、265万ドルに減額することを提案した結果、Jacksonは新たな裁判を起こすことなく、減額提案を受け入れた。
地方裁判所は、追加の主張に関しては、Glenayreに対する特許侵害の主張に対する判決及びその内容次第であるから、判決があるまで留保すると述べて判決が登録された。
GlenayreはCAFCへ控訴したものの、地方裁判所の判決は維持された。その後、Jacksonは自発的にGlenayreの顧客に対する反訴を取り下げ、Glenayreは、減額された損害額を支払った。
Jacksonは、延期されていたGlenayreに対する間接侵害の反訴について裁判の開始を申し立てたが、地方裁判所は、直接侵害の判決でJacksonに対して完全に損害が補償されたとして、この申し立てを却下した。
Jacksonは間接侵害の争点に関する裁判の開始の申し立てを却下されたことについてCAFCへ控訴したが、その控訴は2つの基本となる主張に基づいていた。それは、(1)地方裁判所が事件を2つの別々の裁判に分け(すなわち、第1の裁判はGlenayreの直接侵害に関するものであり、第2の裁判はGlenayreの顧客の直接侵害及びGlenayreの間接侵害に関するものである)、その結果、彼の第2の裁判に関する権利を残したこと、及び、(2)Jacksonは地方裁判所による減額された賠償額を受け取った後も900特許の侵害による補償を十分には受け取っていないこと、の2点である。
Jacksonの第1の主張に関し、地方裁判所は、Glenayreによる直接侵害に対するJacksonの主張に関する審理の結論が得られるまでGlenayreによる間接侵害に対するJacksonの反訴を単に延期したにすぎないとCAFCは認定した。
地方裁判所による供述書や判決書は、もし本件で第2の審理をすることを何らかの形で約束していたとしても、Jacksonに第2の審理を受ける権利を付与することを約束または保証するものではない。間接侵害の反訴を延期することにより、地方裁判所は、判決後にさらなる救済が可能かどうかの争点に戻る権利を残したのであり、最終的に、さらなる救済は不要であると判断したとCAFCは認定した。結果として、第2の審理は不要であると地方裁判所が適切に判決したとCAFCは述べた。
CAFCは、Jacksonの第2の主張である、Jacksonが十分に侵害に対して補償されたかという争点に関し、Glenayre事件の意見書の大半を割いて述べ、前提事項として、Jacksonの控訴審における主張は、Glenayreが侵害品を顧客に販売したことが、Glenayreの顧客による同製品の使用につながったという1点に基づく間接侵害に関するものであったことを指摘した。
換言すれば、Jacksonの主張は、Glenayreが自社製品を販売した直接侵害行為以外の、他の間接侵害行為を示してはいなかったことになる。Jacksonが第2の審理において意図していた争点がすでに判断されているため、第1の審理において解決された争点との相違点がない、とCAFCは結論付けた。
CAFCが指摘したように、Jacksonは、顧客が製品を使用したこと及びGlenayreの顧客の利益に関する証拠を、一度目の審理の途中及びその直後に陪審員及び裁判官に対して実際に提出していた。
この証拠にもかかわらず、裁判所は他の証拠に依存し、900特許の使用価値に関する地方裁判所の判決を反映して賠償額の減額の裁定につながった。
CAFCは、Jacksonが地方裁判所の減額提案を受け入れた事実は重要であり、Jacksonが第1の審理において控訴しなかったことは、主張する上での障害となっていると述べた。
Jacksonは3つの最高裁判例を引用して、減額された損害賠償ではJacksonに対する十分な補償となっていないという自己の主張を裏付けようとした。
しかしながら、CAFCは、Jacksonはこれらの判決を誤用しており、Jacksonの状況は重要な点でそれらの判例とは異なっていると考えた。[3つの判例:Birdsell v. Shaliol, 112 U.S. 485 (1894), Union Tool Co. v. Wilson, 259 U.S. 107 (1922), 及び Aro Mfg. Co. v. Convertible Top Replacement Co., 377 U.S. 476 (1964)]。
Birdsell and Union Toolの事件とは全く対照的なことには、Jacksonは、一度目の審理において、侵害品の製造及び販売に対する実際の損害を回復していた。すなわち、Jacksonは、単なる名目的損害賠償金を受け取ったわけではないし、損害賠償金が無かったわけでもない。
それゆえ、JacksonはGlenayreによる販売をJacksonによってなされたものと同等に認め、法律問題として、その製品の使用を許諾し、その製品を900特許によってもたらされる独占排他権から解放したのであるとCAFCは判断した。
CAFCは、Aroにおける判決もここでは適用できないと判断した。Aroの件において、最高裁判所は、持続的な侵害用途に使用される物質を販売するという形態が寄与侵害であるとして申し立てられた問題を解決し、和解契約後に行われた製品の販売に対して和解契約が与える影響を判断した。
しかし、同じような事情は、本件(Jackson件)には存在しない。また、和解契約の前に行われた行為に対する寄与侵害者の「責任」に関する最高裁判所の判決があるが、それによって、Glenayreに対する二度目の審理をCAFCが認めてJacksonが二度目の損害賠償金を得られるようにしなければならないということもない。
せいぜい、Aro判決は、Jacksonに対して十分に補償するために地方裁判所が算出した損害賠償金の支払いをGlenayreが「仮に」怠った場合に、Glenayreの顧客による現存する侵害に対してJacksonが責任を問えるという考えを立証するにすぎない。
しかしながら、Glenayreによる賠償金の支払いが十分であれば、そのような考えはここでは適用されない。CAFCはさらに、次のように述べた。
「控訴審において維持された(一度目の審理後の地方裁判所による)判決は、Jacksonがリンゴをもう一度かじる機会を排除した―そのリンゴが、Glenayreによって販売された製品を使用することによってGlenayreの顧客が享受した利益に基づく合理的なロイヤルティである限り。そうでないと考えてしまうと、同一の当事者に対して特許権者が繰り返し審理を請求する権利を与えてしまうことになる。これでは、前回の審理で解決された損害賠償に関する問題を再び争うということになってしまう。特許権者が前回の審理を既に完了させており、その審理の結果として、完全に同一の当事者に対して完全に同一のコンセプトに基づいて損害賠償が認められている場合は、購入者及び使用者による侵害に対して損害賠償を請求する権利を争うために新たな審理を請求することを特許権者に認める理由はない。」
実際、CAFCは、次の点を明らかにしてAroの事件を解釈した。非公式の解決ではなく裁判による判決に基づいて十分な補償として算出された補償金を特許権者が直接侵害者から受け取った場合、その補償金は、侵害に対する十分な補償であることは明らかである。そして、特許権者は、その後、間接侵害者の被疑者から追加の損害賠償金を受け取ることはできない。
本件では、Jacksonの損害回復の理論が審理及び直後の控訴審において提示されており(Glenayreによる侵害品の過去の製造及び販売、並びに、同じ製品をGlenayreの顧客が使用することにより得られた過去の利益に対する合理的なロイヤルティに基づく)、地方裁判所の決定によれば、合理的なロイヤルティはせいぜい265万ドルであり、最も重要なことだが、Jacksonはその賠償金を受け入れている。
従って、Glenayreによる直接侵害、Glenayreの顧客による直接侵害、及び、Glenayreの顧客による直接侵害に基づくGlenayreによる間接侵害の全てに対して、Jacksonは既に十分に補償されているとCAFCは判断した。
反対意見として、ニューマン判事は、CAFCの意見とは異なる見解を示した。Jacksonは延期されていた件の判決及び直接侵害に対する減額された損害賠償について同列に取り組んでいたわけではないと判断したのである。
むしろ、Jacksonの控訴は、Glenayreの顧客による直接侵害に基づくGlenayreの寄与侵害及び教唆侵害に対して延期されていた反訴にのみ関係するものであるとニューマン判事は指摘した。
延期されていた反訴は、それ以上進むことなく、地方裁判所によって審理から除外され、退けられていた。陪審団の多数派によるBirdsell、Union Tool、及び、Aroの件に対する認識とは対照的に、ニューマン判事は、これらの判例は「侵害行為における第1の連鎖に対する損害賠償を制限したり、当然の権利として損害賠償を拡張したりするような確定した規則は存在しない」ということを教示すると解釈した。
さらに、「十分な補償が達成されていない場合、侵害システムの使用に対する補償を求めることができるということを先例が確立している」とニューマン判事は解釈した。
ニューマン判事によれば、減額された損害賠償が侵害全体に対する十分な補償となっているか否かは、未解決のままであり、実際に、Jacksonが提出した反訴によって提起されている。
Glenayre事件の判決において、CAFCは、次のことを明らかにした。申し立てられた間接侵害が、侵害者被疑者による侵害被疑品の販売のみを根拠としている場合、直接侵害に対する損害賠償金だけで特許権者に対する十分な補償とすることができる。