サポート要件と実施可能要件,この事件においてCAFCは、米国特許法第112条第1パラグラフによる明細書の記述要件(クレームのサポート要件)を大法廷で審理し、記述要件は、同112条の実施可能要件(enablement requirement)とは別に分離して存在していることを確認しました。アライアドの特許は係争クレームのサポートとなる記述が十分に存在しないことから無効であると認定され、特許を有効とした陪審評決が破棄されました。
米国特許法第112条第1パラグラフは実施可能要件と記述要件(サポート要件)とを分離して規定しているか否か
アライアド事件は、NF-kBという特定のプロテインの活動を低化させることによって遺伝子発現を減少させることに関する幾つかの方法クレームを含む米国特許第6,410,516号(516特許)に関する事件である。
516特許のライセンシーであるアライアド(Ariad)と、特許権者であるMIT、Whitehead Institute、およびハーバード大学は、骨粗しょう症治療薬Evista?の販売ならびに敗血症ショックの治療薬Xigris?の両方とも、確実にNF-kBの活動を低下させることにより516特許の特許権を侵害するとして、リリィ(Eli Lilly Co.)を提訴した。
陪審審理に続いて、地方裁判所は516特許の特許権侵害、有効性、権利行使可能性、およびリリィに対する数百万ドルの賠償額の裁定を支持した。
リリィはCAFCに控訴したが、CAFCは、アライアドの主張するクレームが十分に明細書に記載されていなかったため米国特許法第112条第1パラグラフに基づき無効であると判断し、記述要件(written description)に関する特許有効性の陪審評決を破棄した。
アライアドはCAFCに対し、事件を大法廷で再審理するよう申し立て、CAFCは、記述要件(クレームのサポート要件)の分離とその適切な役割に関する議論の観点からアライアドの申し立てを認めた。
CAFCは、第112条第1パラグラフには実施可能要件から「記述」要件が分離されて規定されていると説明した。516特許における明細書がその広いクレームをサポートするに十分な記述をしていたことを分別ある陪審員であっても確認することができなかった、という結論を再度支持し、記述要件に関する陪審評決を覆すためのリリィによる申し立てを地方裁判所が拒否したことを、正確な法律解釈に基づき、CAFCは破棄した。
アライアドは、記述要件の存在は認めたものの、それは独立した制定法上の要件としているのではなく、実施可能要件を満たさなければならない発明を特定するために存在しているにすぎないと主張した。
CAFCはアライアドの意見を様々な理由から拒絶し、第112条の前身の制定法の歴史と法律学、第112条の記述要件を原クレームに適用することと補正クレームに適用することを区別することに対する教義上の論拠、及び、特許性がないことの基本的調査とその調査を特許性のある発明に実際に適用することとを区別する考え方の論拠、といった法律解釈の原則を持ち出した。
CAFCは、制定法における2つの前置詞句の「対句」について説明した。つまり、条文の第1パラグラフに記載された「製造や使用の方法」という第一の部分は、第二の部分の「当業者にとって製造および使用できるように」という部分と対句になっており、「発明の記述要件」を別の要件として分離していると説明した。
もし立法府である議会が2つではなく、1つの記載要件だけを意図して法律を制定していたのであれば、条文の記述は、「発明の」という文言もしくは「発明を製造し、使用する手法及び方法の」という文言を、両方ではなくどちらか一方を含めていたであろうが、実際にはそうなっておらず、議会は両方の文言を含めたのである。
もし最高裁が別の「記述要件」の存在についてはっきりと強調しなかったとしても、最高裁は一貫して第112条およびその前身となる1870年の制定法の開示要件を、まるでそのような独立した要件があるかのように適用してきている、とCAFCは説明した。
さらに、最高裁が実際には少なくとも2つの「記述」要件を含むと解釈していたにも関わらず、議会は第112条第1項の「記述」という文言を1870年の制定法以来変更しなかった、と説明した。
CAFCは、「当業者の視点から明細書の全範囲」に対する「記述」要件の客観的かつ事実的な特徴について強調した。CAFCによるとその要件は、「クレームの特徴とその範囲、および関連技術の複雑さと予測性により変化する」とのことである。
516特許の包括概念クレームにおけるそのような要件は、「ある特定の分野において存在する知識、先行技術の範囲と内容、科学や技術の成熟度、争点の態様の予見性」を含む。さらに、クレームをサポートする十分な記述は、出願後に別の場所に示されるのではなく、出願時の明細書中に存在しなければならない。
CAFCは、過去の判例を引用し、明細書には単なる「願望」や「計画」を超えるものを記述しなければならず、クレームは「単なる繰り返しや長文化によっては記述的にならない」と結論付けた。「出願時の明細書に一般的な文言が存在するだけで」それ以上の記述がなければ、自動的に記述要件が満たされることはない、とCAFCは繰り返し述べた。
CAFCは、リリィの専門家が関連技術を予見することは非常に困難であると証言したことについてアライアドが争わなかったことを指摘した。このような予見不可能性を考慮し、CAFCは、(潜在的NF-kBモジュレータの3つのクラスの記述でさえ)その広い機能クレームをサポートする十分な開示を516特許が含んでいなかったと結論付けた。
例えば、この特許は特定の阻害物質に関して学名以外の構造上の情報を提供していない。優勢的に干渉する分子のそのような情報を提供していないため、「切り詰めた形状のNF-kB分子について述べているにすぎない」。さらに、そのような切り詰めた形状のNF-kB分子は、分子の特定された2つの領域が空間的に分離されている場合にのみ機能することをアライアドは開示していたが、その領域が分離的であるか否かについては示しておらず、開示の真実性はさらに損なわれている。
NF-kBの活動のモジュレータとして示唆される分子の3つのクラスのいずれかが、実際にそのような活動を調節する(モジュレートする)ことは、いずれの実施例にも記載されていなかった。
最終的にCAFCは、516特許はNF-kBの活動を低下させる何の働きも予言的方法例も示しておらず、また、そのように作用することが可能であることを予言する分子の完全な化合物も何ら開示していないと判断した。
結論としてCAFCは、分別ある陪審員の誰も、アライアドの特許が「開示における大きな穴」を埋めていると判断することはできず、従って陪審員は「記述要件」に関する評決の実質的証拠を欠いていた、と結論付けた。よってCAFCは判決を破棄した。
アライアド事件は新しい法律(判例)を作るようなものではないが、重要事件として認識すべきである。「記述」要件の存在に関して過去10年間に下された判決は様々であったため、「記述」要件の存在に関するCAFCの統一見解が示されたことは重要である。