特許権について「全ての実質的な権利」を持たない限り、ライセンシー単独では特許侵害訴訟の原告適格を持たないことを示した判決,この判決は、特許権について「全ての実質的な権利」が付与されていない限り、ライセンシー単独では特許侵害訴訟の原告適格を持たないと判示した。また、訴訟提起後の遡及的ライセンス契約によっては、原告適格の欠陥を正すことができないことも判示している。
特許権について「全ての実質的な権利」を持たない限り、ライセンシー単独では特許侵害訴訟の原告適格を持たないことを示した判決
アルプス(Alps South, LLC)は、米国特許第6,552,109号(以下、109特許)の侵害を理由に、OWW(Ohio Willow Wood Company)を相手に訴訟を提起した。OWWは、アルプスが特許法に基づく原告適格を欠いているという主張に基づき、訴訟却下の申立てを提出した。そして、地方裁判所は、この申立てを棄却した。
審理において、陪審団は109特許は有効であり、OWWは故意に侵害を行ったと判断した。OWWは、判示事項の中でもとりわけ、原告適格の欠如に基づく却下の申立ての棄却について控訴した。
アルプス及びOWWは、切断四肢と人工(プロテーゼ)四肢との間で使用されるライナーを製造・販売している。109特許は、例えば気泡ゴムのような、熱可撓性ジェル及び下地を含む合成物質に関するものである。109特許の明細書は、クレームされた合成物質を組み込んだプロテーゼライナーは、従来のライナーよりも快適で丈夫であると述べている。
発明者は、109特許をこの発明者が設立した会社であるAEI (Applied Elastomerics, Inc.)に譲渡した。2008年、アルプスはAEIとの特許ライセンス契約に署名し、この契約に基づき、AEIはアルプスに対して109特許に関する排他、移転、及び訴訟の権利を認めた。そのすぐ後にアルプスは、AEIを共同原告とせずにOWWに対して訴訟を提起した。
OWWが却下の申立てを提出した後に、アルプス及びAEIはアルプスの権利の制限と、AEIが保持していた権利とを取り除いた修正ライセンス契約を締結した。修正ライセンスは、元の特許ライセンスと同じ発効日を持つ遡及的契約であることを表明していた。
地方裁判所は、OWWによる却下の申立てを棄却し、元のライセンス契約がアルプスに対して「全ての実質的な権利」を与えており、これはAEIを参加させずに訴訟を維持するのに十分であると結論付けた。
審理の前に地方裁判所は、原告適格の問題を再検討し、訴訟提起の時点でアルプスが原告適格を欠いていた可能性があると考えるに至ったものの、遡及的契約により以前に存在していた原告適格に関するあらゆる欠陥が治癒したと判断した。
控訴審においてOWWは、元のライセンスがAEIも名を連ねることをせずにアルプスが自分自身で訴訟を追行する原告適格をアルプスに与えるような109特許における十分な権利を譲渡するものではなかったと主張した。加えて、OWWは、遡及的契約は原告適格に関する欠陥を治癒しないと主張した。
CAFCは、元の契約の条項を検討することにより、原告適格の問題を分析し、元の契約はアルプスに認められる権利に対して重要な制約を設けていると判断した。ライセンス契約は、109特許によりカバーされる製品を製造・使用・販売するアルプスの権利を、プロテーゼ製品の分野に限定していた。
CAFCは、特許侵害を追求するアルプスの権利が、プロテーゼ製品と同じ分野に限定されていると判断した。元の契約はまた、AEIの書面による事前同意無しにアルプスが侵害訴訟を和解することを禁じてもいた。これらの制約に基づき、CAFCは、プロテーゼ製品以外の全ての分野において、AEIが109特許によりカバーされる製品を製造・使用・販売する排他的権利を保持していたと判示したのである。
CAFCは、判例の下では、使用分野の制約がアルプスの原告適格の主張にとって致命的であると判断し、ライセンスが特許の排他的権利の分割されていない部分だけに付与されている場合には、排他的ライセンシーは特許権者抜きで侵害訴訟を提起することができないと判断した最高裁判所の判決を引用した。
CAFCは、使用分野の制約は、単一の侵害行為に対して複数の訴訟が発生するという重大なリスクをもたらすと説明し、また、自身の裁判例がこれらの最高裁判所の判決に則しているとも述べた。
その結果、CAFCはアルプスが共同原告としてAEIの名を連ねずに109特許について訴訟を提起する原告適格を欠いていると結論付けた。
CAFCは更に、アルプスの訴訟提起時に存在した訴訟上の欠陥を遡及的契約によって訂正することが不可能であると判断し、遡及的契約は遡及的原告適格を与えるには不十分であると判断したエンツォ事件(Enzo APA & Son, Inc. v. Geapag A.G., 134 F.3d 1090 (Fed. Cir. 1998))に依拠した。
CAFCは、当事者が権利を保有する前には、その当事者は裁判所においてその権利を主張することを求めることができないと述べ、エンツォ判決が本件事実と同様、ライセンシーが「全ての実質的な権利」を保有しているか否かに関する状況を扱ったものであるため、エンツォ判決が拘束的先例であると判示した。
CAFCは、アルプスが引用した共同特許権者による原告適格の欠如による却下を回避した裁判例を区別した。裁判例の中には共同訴訟が認められたものもあるが、CAFCは、エンツォ判決は訴訟提起後に遡及的ライセンス契約を締結することにより原告適格の欠陥を治癒することを排除していると述べたのである。
従ってCAFCは、アルプスが訴訟提起時に法的所有権や「全ての実質的な権利」を保有しておらず、AEIを共同原告として参加させることを怠ったので、地方裁判所にアルプスの訴状を不利益無しに却下させる命令を付して事件を差し戻した。
アルプス判決は、特許事件における原告適格について重要な注意をもたらすものであり、自身の名前で訴訟を提起するライセンシーが訴訟の却下を避けるためには、対象特許について「全ての実質的な権利」を持つか、または特許権者と共に提起しなければならないことを示している。
この判決は原告適格の問題に関係するかもしれない特許ライセンス契約に関して緻密な精査が必要であることを示し、また訴訟提起後の契約は潜在的な原告適格の欠陥を正す効果を持たない可能性があるということを警告するものである。
Key Point?この判決は、特許権について「全ての実質的な権利」が付与されていない限り、ライセンシー単独では特許侵害訴訟の原告適格を持たないと判示した。また、訴訟提起後の遡及的ライセンス契約によっては、原告適格の欠陥を正すことができないことも判示している。